「『再発防止』よりも
まずは『予防』を」
川の事故で5歳の息子を
亡くした吉川優子さん
吉川優子さんは2012年7月、5歳だった長男慎之介さんを、川での水難事故で亡くしました。「慎ちゃんは、なぜ、どうして亡くなってしまったのか」。当時は「チャイルド・デス・レビュー(予防のためのこどもの死亡検証、CDR)」のように、こどもの死亡事故を検証する事業もなく、自分たちで手探りしながら検証を進めたといいます。必要性を訴え続けてきたCDRの導入が一部の自治体で始まっている今、CDRへの思いを語ってもらいました。
想像もしなかった川の事故。
息子の死から4日後に
自力で行った現場検証
愛媛県西条市の山中の川で慎之介が事故に遭ったのは、幼稚園のお泊まり保育での水遊び中でした。保護者会の皆さんと運動会の話し合いをしていたときに幼稚園の先生から電話があり、「お母さん落ち着いて聞いてください。慎之介君が鉄砲水に流されました」と。その瞬間、頭が真っ白になったことを覚えています。
とにかく病院に向かいました。病院では警察から、川が増水していたこと、慎之介が流されたこと、捜査に入ることを聞きましたが、それ以上の情報を得ることはできませんでした。
葬儀の際、夫が言いました。「『なんで僕死んじゃったんだろう』って、一番驚いているのは慎之介だと思います」「このようなことが二度と起きないよう、原因究明をしっかり行います」と。それに応えるように、同じ園の保護者さんたちが「こどもたちの記憶が薄れる前に、私たちで検証しよう」と声をかけてくれました。
事故から4日後、たくさんの保護者やこどもたちが駆けつけてくれ、検証を行いました。こどもたちがどこにいたのかや、水かさがどのくらいあったのかなどをこどもたちから大人が聞き取り、再現しました。わかったのは、こどもたちにライフジャケットを着せる、事前に天候をチェックするなどの基本的な事故防止策が、まったく行われていなかったことです。川も、大人でも危険なほどの深さがありました。事故発生時に先生方がパニック状態になってしまい、適切な救助が行われていなかったことも判明しました。事故が起きた際の行動の取り方に関するマニュアルもありませんでした。
現場検証は、慎之介の死から10日の間に2回行いました。たくさんの写真を撮り、レポートを作成しました。
「権限がない」「管轄外」事実解明を
阻んだ制度の壁
あの日何が起きたのか、保護者の方やこどもたちのおかげで概要はわかりました。ですが、発生状況でわからないことは、まだまだたくさんありました。「幼稚園の運営法人に止められている」といってかたくなだった先生方をなんとか説得して2回目の検証に参加してもらい、地域の消防団の方たちからお話を伺い……必死で情報を集めました。事故から1カ月の間は、毎日のようにどこかに話を聞きに行っていました。
本当は、公的な機関が事故の検証をしてくれると思っていたし、してほしかった。でも、愛媛県や西条市、文部科学省や消費者庁に問い合わせても「権限がない」とか、「管轄外」だということを理由に、調査が行われることはありませんでした。なぜ調査できないのか。それは死亡事故を検証するという「制度」がないからだということを知りました。
「不運な事故」で
終わらせないために
このままでは「川の状態が悪かった」「自然災害だ」とされて、慎之介の事故が風化してしまうのではないか。慎之介の死を一つの不運な事故で終わらせるのではなく、安全管理上の問題として検証し、再発防止のために共有しなければならないのではないか。
公的機関が調査できないのなら、自分たちでと、独自の調査委員会を立ち上げました。死亡検証や再発防止に詳しい専門の弁護士や研究者の先生方と一緒に、「日本子ども安全学会」もつくりました。一貫して訴えてきたのは、ライフジャケット着用など予防の大切さと、予防のために事故や事件の教訓を共有する検証制度の必要性です。
みんなの活動が実り、2020年度に「予防のためのこどもの死亡検証体制整備モデル事業」が厚生労働省の補助事業として始まり、いくつかの都道府県が実施しています(令和5年度より厚生労働省からこども家庭庁に移管)。これから事業が全国に広がることを願っています。
死亡検証を制度化することの大切さ
慎之介の死からCDRの実現までに強く実感したことは「制度化することの大切さ」です。
慎之介のときはCDRが事業としてなかったため、行政も動きようがなく、情報を出したくても出せなかった。CDRによって各機関が検証のために情報提供などができるようになり、地域の事情などに影響されることなく検証が行われるようになってほしいと思います。
慎之介の事故は刑事事件になりましたので、警察の捜査資料もありました。事件の当事者として、事故直後の初動の調査情報の大切さを実感しています。初動の調査体勢が整備されること、初動捜査の情報などがCDRで生かされることにも、期待しています。
またCDRは予防のためのものであって遺族のためのものではありませんが、それでも遺族への説明や対応は、大切にしてもらいたいと思います。発生直後は事故のことを知りたくない、聞けないという気持ちのご遺族もいるでしょう。ただ、もしも何年か経ち、事実を知りたいと遺族が感じたときに、真摯に対応してもらえるような制度づくりができたらいいなと考えています。
CDRを通じて、事故は予防できるという意識がさらに広まることを願っています。そのためには、起きてしまった死亡事故を検証する役割だけでなく、すでにある予防策の効果も検証し、アップデートした予防策を共有することも大事ではないでしょうか。そうすることで、「まさかこんなことが起きるなんて」ということが、なくなっていくと思います。
Profile
よしかわ・ゆうこ/愛媛県西条市に住んでいた2012年7月、長男の慎之介さん(当時5歳)を、私立幼稚園のお泊まり保育での水遊びで亡くした。14年、夫と一般社団法人「吉川慎之介記念基金」を設立、識者らと「日本子ども安全学会」をつくった(学会は23年、第10回大会を節目に閉会。24年、基金解散)。こどもの事故予防に取り組むNPO法人Safe Kids Japanで24年から事業推進マネージャーに。ライフジャケットの普及を進めるほか、こどもの事故全般の予防に向けた公的な仕組みづくりを唱えている。
知っておきたい、
命の守り⽅の具体策
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一般のみなさまへこどもが安全・安心に暮らせる環境をつくるために、普段の生活の中で取り組める予防策を動画や記事でご紹介します。
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自治体の方へ各自治体で行われているCDRモデル事業の取り組みについてご紹介します。
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医療機関の方へCDRの実施にあたり、医療関係者のみなさまにお願いしたいことや対応方法についてご紹介します。
防ぐための予防策